NICUでの勤務開始と患者の命を預かるという意味【適応障害②】

新生児
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前回は「適応障害を発症した元看護師が、看護師を目指した理由と就職先を選んだ理由」についてお話しました。

今回はNIUCに配属されてから感じたことと、身体に現れ始めた異変についてです。

 

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NICUへの配属と初めての夜勤

集合研修が終わってNICUに配属になり、まずは先輩のシャドーで1日の流れを学びます。

空き時間には物品の補充に基礎的な手技の練習。

 

数日経ち初めての受け持ちが決まりました。

受け持ち初日はなんと夜勤!

病棟の人数が少ないため日勤をする前に夜勤からスタートすることになったのです。

 

4月の勤務表は2週間しかなかったものの、既に夜勤が3回も組まれていました。

NICUは2交代…受け持ちをしての日勤は夜勤より日数が少ない状態。

既卒者は即戦力にはなるが、離職率が高いという理由で何故か3ヶ月は日勤固定。

 

私が入職前に聞いていたスケジュールは3ヶ月は日勤、その後業務に慣れてからの夜勤という流れでした。

さらに夜勤は月に8回程度だと思っていたのですが、NICUでは人手不足のため、月に10-15回程夜勤があるようでした。

つまり、夜勤専従でもおかしくない程、夜勤の日数が多かったのです。

 

夜勤初日。

初めての受け持ち、初めて聞く夜勤の流れ。

その合間に勉強してきたことを先輩に見てもらいながら、3時間おきの哺乳…。

 

労働基準法の関係上、準夜勤帯で休憩1時間、深夜勤帯で休憩1時間と分けて取らなければならず、夜勤中の仮眠時間はどんなに長く寝られても30分。

夜勤が終わる頃には疲れ切っていました。

のちに他の病棟の同期に話を聞いたところ、夜勤スタートは3ヶ月経ってから、仮眠時間も2-4時間程度は眠れているようでした。

 

ストレスと身体の異変

日勤前は情報収集と冷凍母乳を解凍するために1時間前の出勤。

日勤後は先輩と振り返りをした後に看護記録の入力のため残業。

夜勤明けの勉強会への強制参加。

 

おまけにプリセプター制度を導入していると聞いていたのに、3年目の先輩の人数が3人しかいないため、プリセプター制度はNICUのみ無し。

毎日変わる担当看護師。

いま振り返れば、思っていた以上にストレスがかかっていたようです。

 

そして5月に入ってから1人の同期の様子がおかしくなり始めました。

私は同期と仲良くなるまで時間がかかったためその頃はよく知らなかったのですが、日勤後に病棟の隅で泣いているのを見て何かおかしいと感じました。

 

それから少し経った頃、私の身体にも異変が起き始めます。

日勤前に朝4時頃から1時間おきに目が醒めるようになったのです。

 

命を預かるということの意味

その頃主に受け持っていた患児は心疾患があり、SpO2が下がりやすい子でした。

その日私が受け持ちだったかどうかは思い出せないのですが、モニターのアラームが鳴ったので様子を見に行ったところ、SpO2が30%台…これは私にはどうにもできないと思い、すぐ先輩に助けを求めに行きました。

顔色が土気色になる状態を初めて見た瞬間でした。

 

その時、ようやく気が付いたのです。

私の観察漏れやミス1つが、この子たちの命を奪ってしまうと。

学生の頃は指導看護師や教員に守られていたから、患者さんの命を預かることの意味を理解していなかったのだと。

 

それからは知識がないことがとてつもなく恐ろしく感じ、今まで以上に勉強に時間を費やしました。

この気付き自体は看護師として必要なことであり、早い段階で気付けたことはとても良かったと師長にも言われました。

ただ、私はそれを自分が潰れてしまうほどに重く受け止めていたのです。

 

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