勝手な減薬と苦手な同僚【適応障害⑭】

たくさんの薬
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前回は「自分にとっての良い職場とは」についてお話しました。

今回は保健師への転職と苦手な同僚、勝手な減薬についてです。

 

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保健師への転職と勝手な減薬

内定をいただいた会社は4月入職に合わせての求人募集だったので、新卒の他職種の方々とまたもや集合研修。

今回の転職先は、大学入学前からの目標であった保健師としての採用、土日祝日休み、給料アップ、産休・育休も取れる会社だったため、何事もなければずっと勤めるんだと意気込んでいました。

 

施設勤務中に服用していた抗うつ薬は、私の状態を診て最初より少し量を増やして処方されていました。

私は最少量で十分効果を感じていたので、薬の量を増やしたくなく、むしろ減薬してほしいとさえ思っていたのですが、主治医はもう少し増やしてやる気が出る状態にしたいようでした。

私の思いとは裏腹に、転職の相談を主治医にしたときに、環境が変わるためか抗うつ薬は処方できる最大量まで増やすことになったのです。

 

家族の他に保健師への転職を勧めてくれた人の中には、以前の記事に登場した彼氏とは違う彼氏も含まれていました。

彼は福祉関係の仕事をしており精神疾患に理解があると思っていたのですが、精神疾患は気合である程度コントロールできると考えている人だったのです。

 

付き合い初めて4ヶ月、転職後2.3週間ほど経ち、「いつまでも薬を飲んでいるのは治す気がないからだ」「薬の量を減らせ」と言われることが多くなりました。

私自身も早く減薬したかったこと、新しい職場で特に不安を感じることもなく業務ができていたので良くなってきたと勘違いし、主治医に相談もせず勝手に減薬することにしたのです。

1.2週間かけて3分の2、さらに1.2週間かけて最終的に3分の1にまで減薬してしまいました。

 

苦手な同僚

勤め始めて2ヶ月目、大体の業務の流れを覚えて1人で家庭訪問などもするようになってきた頃に、新規の利用者を受け持つことになりました。

その時のフォローは入職から1ヶ月間見てくれていた方と違い、少し言葉がきつい印象の方でした。

 

利用者から情報収集する際に私の良くなかった対応、今後気を付けることを後から指導され、またもや強い不安感が襲ってきました。

胸の中が熱くなり、一瞬で冷めるあの感覚。

今回はクレームが来なかったからいいけど、次からはやめた方がいいと冷静に注意されたのですが、それが強く責められているように感じてしまったのです。

 

そのとき服用していた抗うつ薬の量は、処方の3分の1でした。

せっかく抗うつ薬のおかげで持ち上がっていた状態だったのに、勝手に減薬したことでまた強い不安を感じてしまったのだと思います。

 

いま考えるとその指導自体は、その人のキャラクターや考え方にもよりますが、ひどく理不尽な内容ではなかったので、私の苦手意識や受け取り方が下手だったこともあります。

しかし、多分私のことはあまり好きではなかったのだと思います。

何度か目の前で私に指導したくないと上司や同僚に言っていましたし、その日の私がいなかった昼休憩の間に他の同僚に悪口を言ってみんなで笑いあっていたと、後に同期から聞きました。

 

いまのフォローが怖い、仕事に行きたくない…。

仕事以外に家庭内の問題が重なったこともあってか、すべてが嫌になり、逃げ出したくなりました。

そこで私はまたやってしまったのです。

 

ODと精神科病院への入院

次の日は振替休日の金曜日でした。

夜になると不安が押し寄せてきて、胸が苦しくなり、早く寝てしまって現実から逃げたい…。

その気持ちに勝てず、抗不安薬60錠をODし、次の日の土曜日の夜まで丸一日寝てしまいました。

 

そして次の日の日曜日、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入剤を含め126錠のOD。

気が付いたら床に倒れていて、目の前に殻の錠剤のシートが山積みになっていました。

 

いままでもそうだったのですが、私の場合、突発的に薬をたくさん飲んでしまうようなのです。

今回も飲み始めたときの記憶はほとんどなく、気が付いたらという状態でした。

 

床に倒れていたので身体を起こそうと思ったのですが、なぜか身体全体に重力がかかっているように感じ、全く起き上がることができませんでした。

歩くなんてもってのほかで、一人で座ることすらできなかったのです。

 

そのときたまたま家庭の事情を知っていた友人から連絡が来て、なぜか食事に行くことに。

友人に起こしてもらい支えてもらってお店に入り、食事をした気がするのですが、正直この辺りは時系列も曖昧でほとんど覚えていません。

 

脚が震えて1人では歩けないので家の中まで送ってもらいましたが、時間が経つにつれてさらに動けなくなっていきます。

ベッドに寝かせてもらい、その日の夜は幻覚と戦いながら眠りに就きました。

 

翌日、幻覚と脚の震えが治まらず、母と一緒に精神科病院受診。

私の通院していた精神科病院では外来診療は日によって担当医が違い、その日は主治医は外来担当の日ではありませんでした。

看護師に主治医以外の診察は受けられないと説明され帰ろうとしていたのですが、私の状態を聞いたのか病棟から主治医が降りて来てわざわざ診察してくれたのです。

 

結果は閉鎖病棟への入院。

私は帰りたかったので入院を拒否しましたが、同意しなければ措置入院にすると。

しぶしぶ入院に同意し、車椅子で病棟まで連れて行ってもらいました。

 

扉の先の閉鎖病棟には、独特な時間が流れていたのでした。

 

精神科閉鎖病棟への入院【適応障害⑮】
元看護師の適応障害の発症と経過⑮

 

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