看護師を目指した理由と就職先の選び方【適応障害①】

ノートと筆記用具
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私は小さい頃からお喋りが好きで、たくさんの人の前でも緊張はしたものの、それらを顔に出すことなく話すことができました。

そのため中学生頃から母に保健師に向いているねとずっと言われていました。

 

看護師は血が怖いからなりたくない。

でも保健師になるには看護師免許が必要。

 

そのため保健師になることは全く考えていなかったのですが、高校生の進路を決める時期に4年制の看護大学で看護師と保健師の受験資格を得られる学校があったのです。

どちらかと言えば薬剤師や養護教諭、美容系の仕事に就きたかったのですが、薬剤師は学費が高いからと父に反対され、美容系は専門学校に行っても就職率が悪いと担任と母に反対されました。

それなら看護師や保健師の資格を取れば養護教諭でも働けるのではないか、心理学も興味があるから学びたい。

そんな理由で4年制看護大学への進学が決まりました。

 

看護学生時代の私は自分で言うのもなんですが、勉強はできました。

解剖生理学、心理学、各論と身体のことを学ぶのがとても面白かったのです。

…授業中は寝てばかりでしたが(笑)

 

要領も良かったので、実習も辛いながらもなんとなくこなし、国家試験も無事に合格。

4年制大学で看護師、保健師の資格を取りました。

 

実習中に感じたことは、慢性期は患者さんの状態が急性期に比べてゆっくりと変化していくため、やりがいを感じにくい。

これは実習期間が短かったことや、私の性格がせっかちだったこともあり、慢性期の魅力にまだ気付けていなかったからでもあります。

学校の先生方からもまずは急性期で展開の早い看護を学び、たくさんの手技を身につけた方が良い、私の成績や実習態度を見ても急性期が向いていると言われ、私自身も慢性期よりは急性期に行きたいと強く思っていました。

 

これらを踏まえて卒業後は小児科の看護師を希望していたのですが、親戚に子供が産まれたことで何を思ったか面接時にNICU(新生児集中治療室)に希望を変更してしまいました。

インターンシップに行ったときに小児科よりもNICUの看護師の方が優しい目をして赤ちゃんを見ていたこと、小児実習先が障害を持った子がメインの病棟だったことも後から考えたら直前でNICUに行きたくなった理由だったのかもしれません。

NICUでは採血や点滴、ルート確保といった一般病棟で必ず行う手技はドクターがやるため、手技が身に付かない不安もありましたが、大学病院はどこも採血や点滴、ルート確保はドクターがやると病院説明会で言われていため、特に気にしませんでした。

それらのデメリットよりも卒後3年は大学病院で専門的な知識を身に付けて、急性期で展開の早い看護を学びたい、将来は認定・専門看護師や、大学の看護教員を目指したいと思っていました。

 

就職試験も無事に受かり、3月末には引っ越しを済ませて地元からは遠く離れた地で新しい生活への期待に胸を膨らませていました。

病院での集合研修を終えて私が配属されたのは希望通りNICU。

1つ気になったのは、他の科の新卒・既卒者の人数はほぼ3人。

しかし、NICUだけは合わせて9人…これには大きな理由があったことを知るのはもう少し後のことです。

これから数回に分けて適応障害の発症や経過等の体験談をお話していきたいと思います。

私の場合ですが、適応障害は本当に少しずつ回復していきました。

 

適応障害になってしまって精神的に辛く苦しい思いをしている方、いつになったら治るのかわからず、これから先の希望が見えない方…

こんな風に失敗を繰り返しながらも少しずつ回復していった人もいると知って、少しでも楽になっていただけたら嬉しいです。

 

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看護師を目指した理由

私は小さい頃からお喋りが好きで、たくさんの人の前でも緊張はしたものの、それらを顔に出すことなく話すことができました。

そのため中学生頃から、母に「柚月は保健師に向いているね」とずっと言われていました。

 

看護師は血が怖いからなりたくない。

でも保健師になるには看護師免許が必要。

 

そのため保健師になることは全く考えていなかったのですが、高校生の進路を決める時期に4年制の看護大学で看護師と保健師の受験資格を得られる学校があったのです。

どちらかと言えば薬剤師や養護教諭、美容系の仕事に就きたかったのですが、薬剤師は学費が高いからと父に反対され、美容系は専門学校に行っても就職率が低いと担任と母に反対されました。

 

それなら看護師や保健師の資格を取れば養護教諭でも働けるのではないか、心理学も興味があるから学びたい。

そんな理由で4年制看護大学への進学が決まりました。

 

大学生活と卒業後の進路

看護学生時代の私は自分で言うのもなんですが、勉強はできました。

解剖生理学、心理学、各論と身体のことを学ぶのがとても面白かったのです。

…授業中は寝てばかりでしたが(笑)

 

要領も良かったので、実習も辛いながらもなんとなくこなし、国家試験も無事に合格。

4年制大学で看護師、保健師の資格を取りました。

 

実習中に感じたことは、慢性期は患者さんの状態が急性期に比べてゆっくりと変化していくため、やりがいを感じにくい。

これは実習期間が短かったことや、私の性格がせっかちだったこともあり、慢性期の魅力にまだ気付けていなかったからでもあります。

学校の先生方からもまずは急性期で展開の早い看護を学び、たくさんの手技を身につけた方が良い、私の成績や実習態度を見ても急性期が向いていると言われ、私自身も慢性期よりは急性期に行きたいと強く思っていました。

 

これらを踏まえて卒業後は小児科の看護師を希望していたのですが、親戚に子供が産まれたことで何を思ったか面接時にNICU(新生児集中治療室)に希望を変更してしまいました。

インターンシップに行ったときに小児科よりもNICUの看護師の方が優しい目をして赤ちゃんを見ていたこと、小児実習先が障害を持った子がメインの病棟だったことも後から考えたら直前でNICUに行きたくなった理由だったのかもしれません。

 

NICUでは採血や点滴、ルート確保といった一般病棟で必ず行う手技はドクターがやるため、手技が身に付かない不安もありましたが、大学病院はどこも採血や点滴、ルート確保はドクターがやると病院説明会で言われていため、特に気にしませんでした。

それらのデメリットよりも卒後3年は大学病院で専門的な知識を身に付けて、急性期で展開の早い看護を学びたい、将来は認定・専門看護師や、大学の看護教員を目指したいと思っていました。

 

就職試験も無事に受かり、3月末には引っ越しを済ませて地元からは遠く離れた地で新しい生活への期待に胸を膨らませていました。

病院での集合研修を終えて私が配属されたのは希望通りNICU。

 

1つ気になったのは、他の科の新卒・既卒者の人数はほぼ3人。

しかし、NICUだけは合わせて9人…これには大きな理由があったことを知るのはもう少し後のことです。

 

NICUでの勤務開始と患者の命を預かるという意味【適応障害②】
元看護師の適応障害の発症と経過②

 

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